今も続く鎖国とは

江戸幕府が鎖国をしたのは、キリスト教を利用したスペインの侵略から逃れる為であったと言う人がいるが飛んでも無い間違いだ。当時の日本は凄まじいエネルギーにあふれていたのであり、そのエネルギーが海外に膨張する事はあっても、海外から侵略される可能性は無かった。中南米の古代文明の段階であったインカ帝国とは全く異なるのである。宣教師を処刑されてもスペインは手も足も出せなかった。

海外貿易は秀吉や家康などの当時の支配者にとって大変に魅力ある資金源であった。それならば何故、鎖国政策が行われたかというと、家光の時代になって幕府の官僚組織が、政治の主導権を握ったからであろう。つまり幕府に莫大な富をもたらす可能性はあるが同時に力の不均衡の原因となる恐れもある貿易を避けたのだ。縮小均衡することにより組織の安定をはかったのである。

現在も同じである。国内市場の安定という名目により弱い産業を守る政策により、官僚はその影響力を増大させてきた。強い産業は自分の力で輸出を伸ばし、弱いところは官僚による様々な規制で守る。これが日本の姿であった。(野口悠紀夫さんが言うように日本の輸出には官僚はほとんど貢献していない。)

日本の輸出はGDPの10%程度しかない。だからこそ輸出偏重の日本人のメンタリティが間違っているのである。 多くの人が円高になると日本が滅びる等と騒いでいるが、それは逆であり、官僚の利権の源として、競争力の無い国内メーカーを不必要な規制で保護してきた事が経済の弱体化につながっている。いくら輸出企業が頑張っても、原材料や電気や輸送費等のインフラが高ければ輸出競争力も失われてしまう。

ニューヨークやロンドンの先進国の繁華街は、外国企業の広告であふれている。だからと言って彼らが経済的に弱いとは言えない。日本の都市では、広告はほとんど日本企業のものだが、だから日本が強いとは言えない。金持が、貧乏人が一生懸命働いてつくりあげたものを安く買いたたく。自分で作る必要のないものを安く買えるから、もっと利益の出るもので商売を行う余裕がでてくる。(但しこの為には労働力の流動性が必要であり、終身雇用制では駄目である。)

25年程前に、米国の家電メーカーが死滅していったのをみて、私を含めた日本人は、日本企業の優位性が証明されたと思っていた。米国民は無理をして彼らを救済しなかった。もっと将来性のある産業に投資をして、より高い付加価値を創造したのである。米国政府が当時、自国の家電産業を守っていたらどうなったか? 又米国企業が終身雇用制であったらどうであったか。死ぬべき企業が生き残り又成長産業に人材が移動せずに、高い経済成長を実現することはできなったであろう。(だから米国が良いとは言わない。国民の福祉は国家の責任であることを強調したい。)

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