袴田事件について

今回の事件も、以前マスコミを騒がせた足利事件と同様に、問題を提起したのが権力側だった。 権威筋の裁判官の一人が問題視したので、マスコミが張り切ったのである。 足利事件では、裁判官の方は間違いを認めなかったが、検事側が認めたのでマスコミは頑張った。小沢一郎の時は検察が動いたので、マスコミが動いた。 日本のマスコミには本当のジャーナリストと言える人は皆無ではないだろうが非常に少ない。 新聞記者も雑誌社の記者も忠実な会社員なので、反権力のポーズはとっても本当に新聞社が不利になる様なことはやらない。(検察に嫌われて、情報ソースからはずされるようなリスクは負えない。)

検察を含めた日本の官僚は大変に清潔で真面目で有能である。 但し彼らは忠実な組織人間なので、正義の為であっても、役所の不利になる様な事はやらない。 それが日本の組織人間の正しい行為だからである。 問題はかかる組織に対するチェック機能が、政治家においてもマスコミにおいても充分に機能していないことである。

海外のマスコミ(Washington Post, New York Times)は、日本の司法システムについて厳しい批判を浴びせている。 日本の民主主義が疑われている。 組織を守る為に個人を犠牲にする事を黙認している様な国は民主主義国家とは言えない。 

組織の為に、あるいは国の為に、個人が犠牲になることもある、と言う理屈が述べられるようになると、その国の民主主義が危機的な状況に追い込まれるということは歴史が証明している。

安倍内閣は今回の件について、個別の案件についてはコメントを控えると言っているが、同意できない。 今回の事件では、権力機構(の構成員)の都合により、個人の自由が侵された可能性が極めて強いと疑われているのだ。民主主義国家のリーダーが観者的態度を示して許されることでは無いと思う。


もう一つ、疑わしきは罰せずと言う大原則があるのだが、一度有罪と決定したものについては、この原則は適用しないという当局の判断(一度結審したものは証拠が無いと動かない。)は良識に反するのではないだろうか?

いずれにしても今回の件も裁判官は(恐らく勇気を出して)問題提起をしてくれたのだが、他の裁判官であれば、官僚仲間の関係を重視して検察の主張どおりの判断をしていたかもしれない。その場合はマスコミは今ほど騒いでいなかったであろう。 













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