ゴーストライター騒ぎについて

佐村河内氏のゴーストライター騒ぎには, 不謹慎と言われそうだが、どこか滑稽で面白いところがある。(私自身作品を聞いたことが無いのだが。。)

今回の騒ぎで作品自体の評価が変わってしまうのはおかしい。作品の価値は作品そのものによって決まるものであって、発表までの経緯は関係ない。この作品を史上稀にみる傑作だと賞賛していたマスコミや評論家は簡単に自説を覆す訳にはいかないだろう。

それでは、やはり大傑作だとすると、新垣氏の性格を考えると、佐村河内氏の存在があったからこそ彼は傑作を生み出せたのでは無いだろうか? もしそうであれば、我々すべての芸術を愛する人々はあのペテン師に感謝すべきなのかもしれない。

広島や福島の悲劇を利用して金儲けをするのは許されないとの正論が聞こえてきそうだが彼が悲劇を欲得だけで利用したのではないだろう。(勿論、個人的に騙されて精神的ダメージを受けた人に対する責任は大きい
。)ナルシストとして自ら感動的創作の中心人物になりたかったのであろう。我々も作り事の物語に涙をながすではないか。

感動をつくりたがる人々も、感動を求める人々も、してやられたということだ。

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