9.国の政策が信用出来ないと、国民は将来が不安でお金を使えず景気は良くならない。

後期高齢者保険はその名前自体がおかしい。保険とは名ばかりで、高齢者に保険財政の大赤字の一部でも負担させようという本音が露骨だ。大体保険とは病気になっても困らないように月々一定の金額を支払い(掛け捨て保険で無い場合は)無事満期になった時に積立額を受けとるというものだろう。この保険は年金でも無いのだから、将来スーパー後期高齢(90歳以上?)になった時に満期になるのでもなく、死ぬまで保険の名の下にお金を払わせるのである。これは制度として品位を欠いている。

ほとんどの場合、人は病気で死ぬのだから、高齢者になればなるほど医療費の負担が増えるのは当たり前である。もし年長者が医療費を使いすぎるというのであれば、事の是非は別として、自己負担分を増額するかあるいは全く別なところに財源を求めるしかないだろう。75歳を超えた年長者の方々には(勿論元気でばりばり働いておられるならば目出度いことだが)あくせくとした仕事からは解放されて不安無く悠々自適の生活を送っていただきたい。それを実現することは国の最も重要な使命のひとつである。高齢者が現在受け取っている年金に比べて彼らが若い時に支払った保険料が遥かに少なかったことが、保険財政危機の一因なので、得をした高齢者には応分の負担をしてもらうべきだとの論理がこの保険の導入の背景にはある。これはどうにも怪しげな言い分である。バーゲンセールで買い物をして喜んでいたら、だいぶ後になってから、あれは名札の付け間違いでバーゲン品でなかった。大損したので弁償してくれと言われるようなものだ。間違って安く請求した店員が悪いのだから損害分を弁償するのは店員のほうである。安いと思って買った人には罪は無いし、大体余ったお金は他に使ってしまっているだろう。この場合で言えば、価格を間違った馬鹿な店員は政府の役人であって、これを填補する為には国の財政からやりくりするしか方法は無い。お年寄りにはそれぞれの人生設計があり、子供や孫の教育費に有り金をはたくとか、残りの人生を楽しもうとして旅行や趣味に虎の子の貯金を使ってしまったりするのは、保険収入がどの位あるかの目処を立てているからだ。ぎりぎりの計算をして余生の生活設計を立てた後で、追加の請求書が送られてくれば途方にくれてしまうだろう。

この本の冒頭で、私はこの世代の人達が、終身雇用制や年功序列のまさに良いところだけを享受して引退したのに対して、彼らの言うことを従順に聞いていた少し若い世代の多くの人は中高年になって大変苦労していると文句を言った。だからといって若い時に得をした分の金を返せと言うつもりは毛頭ない。世代間の不公平を無くすべきだとの声があるが、彼らが育った時代の日本は今と比べれば大変貧しかった。国民が稼いだ所得は、彼らが楽しむ為の消費にではなく将来の世代の為の投資に使われていた。彼らは若い世代の為に我慢してきたのだ。そもそも年寄りが得をすると若者が損をするとは一概に言えない。お年寄りが儲けたお金は遅かれ早かれ遺産相続や相続税などのかたちで若い世代に引き継がれるのだ。一方、若い世代のものになった金はお年寄りには還流しない。お年寄りが悲惨な生活をするのは不幸なことだが、それを目撃する若い世代も将来が不安になって貯金をしてしまう。中高年者が余生の生活設計に安心できるのであれば、彼らの余剰資金が消費に回り若い世代が恩恵を受ける。これが理想的だ。

現在のような保険行政が続けば、国民の間に国を信用が出来ないという気持ちが拡がってしまうだろう。この国では年金が約束どおり支払われないと皆が思えば誰も恐くて金は使えない。結果として消費は抑制され景気は良くならない。保険年金には積み立て方式と割賦方式の2種類があって、割賦方式では働いている人々が年寄りの年金を負担するので、年寄りの人数のほうが多くて若い人が少ない場合には、支払われる金額が少ないのは当然だと説明する人がいるが、不可思議な話だ。そんな事が最初から分かっていれば誰も年金なんかに入らない。誰も入らないから年金制度は崩壊する。

現在この制度が崩壊していないのはサラリーマンが給料から天引きされているからだ。数年前に多くの政治家が、年金保険を支払っていなかったことが判明して大問題になったが、当時も問題の本質について議論されていたとは思えない。議論されるべきは、その様なおかしな制度が果たして有効に機能するのかどうかであったはずだ。リターンが保証されていない年金を国が国民に支払わせるのは詐欺のようなものである。年金とか保険とか優しい言葉を使って国民を騙すのでは無くはっきりと税金として取り立てて、支払わなかったものは罰するほうが余程筋が通っている。北欧諸国があれだけ税金が高いのに、国民が逃げ出さずに経済がうまく動いているのは、国民が老後の生活に安心していられるからであり、残された民間の資金が消費に十分に回されているからだろう。日本の老人は海外に逃げる術を持っている人は少ないので、日本国政府としては暢気に構えているのだろうが、今のような信用出来ない政府ではとても誰も安心して金は使えなくなるだろうし長寿国日本は悲惨なものになるだろう。

そもそも年金保険の600兆円を超える大幅な赤字は厚生省(現在の厚生労働省)の担当者の考えられない初歩的な計算違いが原因らしい。  単純に言うと、インフレ率をほとんどゼロで考えて運用利率を5%近くで計算していた。結果として800兆円たまるはずの基金が200兆円にも満たなかった。国家財政の赤字(2008年度の国債及び地方債の残高の合計は約800兆円)に匹敵する大問題である。ギネスブックに申請すれば世界史上最大の計算間違いとして認可されるのでなないだろうか。この様な初歩的間違いをした厚生省の高級官僚にも驚きだが、かかる莫大な金額を資金運用では素人の厚生省にまかせっきりだった政府にも呆れる。 更にもっと驚くべきことは、かかる計算間違いが認識されながらも30年間以上放置されたまま根本的な解決への努力がされていなかったことだ。そして今でもこの問題について誰も責任を取った人はいない。官庁のたらいまわし人事と官僚任せの政治のつけが回ってきたのだ。日本の政治のレベルがあまり高く無かったことは残念だが否定しようが無い。(優秀な官僚がそんな計算違いをするはずが無いとの反論が聞こえてきそうだ。それが正しいとすれば当事の杜撰な計画の辻褄を合わせる為に適当な計算式を故意につくりあげたと言うことになる。)

少し別の角度から考えてみたい。お役所が計算間違いして、その結果として600兆円以上の赤字がたまったことがそれ程悪いことだったのかどうかについてだ。社会保険庁や他の役所の不祥事は毎日のように報道されており彼らの無駄遣いやいい加減さは世間の周知するところとなったが、もし彼らが計算間違いをせずにこの600兆円を意のままに運用していたならば、どの様な壮大な無駄遣いがされていたかと思うとぞっとするではないか! 現在のお年寄りが過去に支払わずに済んだ膨大な金額は、結果として資金運用でははるかに能力の高い民間人の手に委ねられ、1,500兆円を超える個人資産や民間の企業の財産の中で有効に運営されていたということだ。ようするに隠された減税が行われていたということになるのであろうか。

民間の常識で言えば、大損をした部門は潰れて当然で、担当者以下従業員は涙を呑んで退職と言うことになるが、優しい日本人にはそこまで責任を追及する気は無いのだから、ここはやはり国民全体で負担するしかない。但しかかる失態続きの官僚に対して今後国民はもっとしっかりとした監視をするべきであるし、官僚組織を見直して根本的な改革を実行する必要がある。 今後の改革の主役は従来の政治家でも無いし、勿論お役人であってはならない、と思う。

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